東京高等裁判所 平成7年(行ケ)239号 判決 1997年11月26日
東京都中央区日本橋中洲1番1号
原告
株式会社エイアイテクノロジー
代表者代表取締役
岩渕勝則
訴訟代理人弁理士
丹羽宏之
同
野口忠夫
同
古溝聡
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
赤穂隆雄
同
菅野嘉昭
同
及川泰嘉
同
小川宗一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成6年審判第15612号事件について、平成7年7月14日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
訴外アリムラ技研株式会社は、昭和59年2月27日、名称を「複合ICカード」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭59-34428号)が、その後、同発明についての特許を受ける権利を原告に譲渡し、平成5年6月16日、その旨を被告に届け出た。原告は、平成6年4月26日に拒絶査定を受けたので、同年9月26日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成6年審判第15612号事件として審理したうえ、平成7年7月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月30日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
メモリやCPUの機能を有し、外部機器からの入力に応答してこの入力とは異なる新たな信号を発生するICを備えるとともに、一つの外部機器と接触して応答する際に前記ICと前記一つの外部機器とのインタフェースとなる電気的接点機構と、他の外部機器と非接触で応答する際に前記ICと前記他の外部機器とのインタフェースとなるアンテナ機構とを併設したことを特徴とする複合ICカード。
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、特開昭58-200333号公報(以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明1」という。)、特開昭58-222694号公報(以下「引用例2」といい、そこに記載された発明を「引用例発明2」という。)、特開昭58-206295号公報(以下「引用例3」といい、そこに記載された発明を「引用例発明3」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、引用例1~3の記載事項の認定、本願発明と引用例発明1との一致点並びに相違点<1>及び<2>の認定、相違点<1>についての判断は、いずれも認める。
審決は、本願発明と引用例発明1との相違点を看過する(取消事由1)とともに、両発明の相違点<2>についての判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 相違点の看過(取消事由1)
本願発明の構成要件における「接触」及び「非接触」とは、複合ICカードと外部機器との「接触・非接触」のことであり、接触の場合の外部機器は通常カードリーダであるから、端的にいえば「カードリーダにカードを挿入する・しない」を意味するものである。これに対し、引用例1には、こうした接触・非接触について記載がされておらず、審決は、本願発明と引用例発明1のこの点における相違を看過したものである。
被告は、この点につき、「接触・非接触」とは、カードリーダへのカードの挿入の有無ではなく、インタフェースどうしの接触・非接触を意味すると主張する。しかし、ICカードとカードリーダが接触している場合でも、インタフェースが接触しているとは限らない。例えば、引用例1(甲第5号証)の第7図が示すように、カードはカードリーダに挿入して使用するので、カードとカードリーダとは接触状態にあるが、カードが同第5図に示すものであれば、インタフェース間は非接触状態となるから、ICカードとカードリーダの接触は、必ずしもインタフェース間の接触となるものではない。
2 相違点<2>の判断の誤り(取消事由2)
審決は、相異点<2>の判断において、「引用例2に記載された発明の『送信器(1)』及び『ジャック(3)』、『LED(9)』はそれぞれ本願発明の『ICカード』及び『接点機構』、『アンテナ機構』に対応し、引用例3に記載された発明の『送信ボックス(15)』及び『コネクタ(8)』、『送信素子(5)』は本願発明の『ICカード』及び『接点機構』、『アンテナ機構』に対応する」(審決書6頁9~16行)と判断しているが、誤りである。
すなわち、本願発明は、ICカードと外部機器との間で応答を行うものであるが、引用例発明2及び3は、いずれも送信機から本体の受信機に有線又は無線で制御信号を一方的に送ることにより、本体を遠隔操作する装置であり、外部機器との間で応答をするものではないから、両者は対比できないものである。また、本願発明は、カードをカードリーダに挿入した状態で接触させて交信を行うものであるが、引用例発明2及び3では、遠隔操作側の操作具は本体とは離れた位置で用いられるものであり、たとえ両者が有線で接続されていても、接触して交信を行うものとはいえないから、この点においても両者は対比できない。しかも、本願発明の外部機器は、ICカードのカードリーダであるのに対し、引用例発明2及び3の外部機器は、外部にある中継コード、コネクタ等の部品を含むあらゆる機器とされるから、外部機器として両者の指示するところは全く異なる。
したがって、引用例2及び3の記載から、「接触方式で信号を外部機器に送出する機構と、非接触で信号を外部機器に送出する機構を1つの送信装置に併設する」(審決書6頁16~18行)という周知事項を導き、これを引用例発明1に適用し、本願発明の相違点<2>に係る構成に至ることが容易に考えられるとした審決の判断(審決書6頁20行~7頁6行)は、誤りといえる。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。
1 取消事由1について
本願発明の主要技術が、外部機器からエネルギーをICカードに伝送し、供給することと、外部機器とICカードとの間で情報を伝送することであることは明らかである。そして、両伝送ともに、インタフェースとしての電気的接点機構及びアンテナ機構が介在することも明らかである。
この技術的観点からみると、ICカードのインタフェースと外部機器のインタフェースとの間の物理的接触状態には、技術的意味があるものの、ICカードをカードリーダに挿入した場合のICカードと外部機器としてのカードリーダの物理的接触状態には、技術的に何の意味もなく、そのため、本願明細書及び図面にも、ICカード全体と外部機器との物理的接触状態については記載がない。
したがって、本願発明の「接触・非接触」とは、ICカードのインタフェースと外部機器のインタフェースとの状態を指すものであり、ICカードと外部機器との状態を指すという原告の主張には、理由がない。
2 取消事由2について
審決が、相異点<2>の判断において、本願発明と引用例発明2及び3の対応関係を認定した(審決書6頁9~16行)のは、接触方式又は非接触方式で信号を外部機器に送出する機構を併設する観点から行ったものである。
すなわち、本願発明の「ICカード」の「接点機構」も、引用例発明2の「送信器」の「ジャック」及び引用例発明3の「送信ボックス」の「コネクタ」も、外部機器と接触して外部に信号を送出している。また、本願発明の「アンテナ機構」も、引用例発明2の「LED」及び引用例発明3の「送信素子」も、非接触で伝送すべき信号を発生しており、信号の伝送の接触方式、非接触方式の観点からみれば、審決の認定した上記対応関係に誤りはない。
ところで、本願発明の「外部機器」について、一般的な用語としては、ある機器の外部にある機器と解するのが妥当であり、「機器」とは、器具、器械、機械の総称であるとされるところ、この点に関して、本願明細書及び図面では明確に定義されてはいないが、その記載からみて、ICカードと相対して電力エネルギーや情報を伝送し合い、その電力エネルギーや情報の入出力部となるインタフェースとしての機構を有するもう一方の機器を指すものであると認められる。そうすると、外部機器とは、入出力部となるインタフェースとしての機構を含む応答機器であればよく、引用例発明2では、送信器にとって中継コードは外部機器であり、引用例発明3では、送信ボックスに対して送信変換アダプタボックスは外部機器であるといえる。そして、引用例発明2では、ジャックは外部機器である中継コードと接触しており、引用例発明3では、コネクタは外部機器である送信変換アダプタボックスと接触しているので、インタフェースどうしが接触しているものである。
以上のとおり、引用例発明2及び3には、外部と接触して信号を送出する機構と、外部と非接触で信号を送出する機構とを本体機器に併設することが開示されており、このことは信号の伝送という技術分野では周知事項であると認められるから、当業者にとって、この周知事項を引用例発明1に適用することに格別の困難性はないものというべきであり、この点に関する審決の認定・判断(審決書6頁16行~7頁6行)に誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の看過)について
本願発明の要旨の認定、引用例1の記載事項の認定、本願発明と引用例発明1との一致点並びに相違点<1>及び<2>の認定は、いずれも当事者間に争いがない。
本願発明は、前示要旨のとおり、「一つの外部機器と接触して応答する際に前記ICと前記一つの外部機器とのインタフェースとなる電気的接点機構と、他の外部機器と非接触で応答する際に前記ICと前記他の外部機器とのインタフェースとなるアンテナ機構とを併設したことを特徴とする複合ICカード」であり、本願明細書(甲第2、第4号証)には、従来技術として、「入出力の授受は、電気的接点4を介して、カードリーダ等の外部機器との接触により行うものである」(甲第2号証1頁2欄9~11行)と記載され、本願発明については、「34は蒸着又は溶着等により、カード本体の適宜の面上に設けた電気的接点であつて、接触式の外部機器の回路との接続用である。」(同2頁4欄36~39行)、「一時に多数の人が出入する大規模なゲートの入退管理システムに用いる際は、非接触方式による識別を利用すれば、人の流れを停滞させることなく、円滑・確実に入退者をチエツクすることができる。・・・外部機器により形成されている電磁界の場に入ると、カードの受信アンテナ23がこれを補えることにより電子スイツチ27がONとなり、カード内の識別装置が作動を開始する。・・・入退者は、いちいちカードをカードリーダに挿入する必要はなく、ポケツトに入れたまゝゲートを通過するだけでよい。一方、比較的小規模であつて、上述のような外部機器が大きくなる非接触式の入退室管理システムでは、不経済となるような場合には、出入口に小型で安価な接触式カードリーダを備えればよい。入退者が複合ICカードをカードリーダに挿入しさえすれば、カードのメモリ32の識別情報が例えばCPU33で処理されて、電気的接点機構34を介しカードリーダに送られる。」(同3頁5欄1~28行)、「このように、本実施例の複合ICカードにおいては、受信アンテナ、送信アンテナは、非接触方式の外部機器と応答する際にこの外部機器と複合ICカード内蔵のICとのインタフェースとなり、また電気的接点機構は、接触方式の外部機器と応答すう際にこの外部機器と複合ICカード内蔵のICとのインタフェースとなる。」(甲第4号証1頁4~8行)と記載されている。
これらの記載によれば、本願発明のICカードにおける外部機器との入出力の信号の授受は、「接触」して応答する場合には、ICカードとカードリーダなどの外部機器とが接触して行われるものであるが、その際にはカードに設けられた電気的接点機構と外部機器の接点、すなわちインタフェース間も接触するものであり、「非接触」で応答する場合には、ICカードと外部機器とは接触せずに外部機器により形成される電磁界などの場と情報の入出力を行い、当然、アンテナ機構などのインタフェースも非接触のままであるものと認められる。
これに対し、引用例1(甲第5号証)には、従来例として、「情報カードを、カードリーダ端末機(以下カードリーダと略称)に挿入して、カードリーダの電極端子と外部電極端子3を接触させて、電力の供給および情報の入出力を行なう。」(同号証2頁3欄10~14行)ものが例示され、引用例発明1について、「本発明の情報カードをカードリーダに挿入すると、太陽電池4に光5が照射されて、情報カードに駆動パワーが加えられるようになっているため、電源端子の接触不良、磨耗がなくなり、又、信号は電気で電源パワーは光で供給されるため、ノイズの問題も解決される。31は、信号入出力のための外部電極端子である。」(同2頁4欄16行~5欄3行)、「第5図は、本発明の別の実施例の斜視図であり、第3図の実施例に加えて、ホトダイオード等の光センサ6、半導体レーザ等の発光体7も内蔵したものであり、信号入出力を光の断続、波長変調等の光信号8、9で行なうことで、より非接触化を図り、信号内容のより大量化を可能にしたものである。尚、光信号の代わりに、LC回路、アンテナ、電波送信回路を設けて無線電磁波で信号入出力を行なってもよい。第6図は、本発明の別の実施例の斜視図であり、第3図の実施例に加えて、液晶等の表示パネル10を内蔵させ、・・・情報カードの記憶内容を表示パネル10で見ることを可能にしたものである。従って、例えばクレジツトカードとして使用した時、使用者のこれまでの購入状況等をいつでもどこでもカードリーダなしに知ることができ、家計簿管理カードとして使える」(同2頁5欄7行~6欄5行)、「第7図は、本発明の情報カードー使用例を示す斜視図であり、大量かつ複雑な情報の書き替え・記憶・演算ができることを利用して、・・・情報カード12を・・・カードリーダ13に挿入することで・・・」(同3頁7欄8~13行)と記載されている。
これらの記載並びに引用例1の第3図、第5図及び第7図によれば、引用例発明1では、情報カードを、外部機器であるカードリーダに挿入して、カードリーダの電極端子と外部電極端子を接触させ、すなわちインタフェース間を接触させて情報の入出力を行うものと、情報カードと外部機器とが全く接触せずに、カードに設けた、ホトダイオード等の光センサと半導体レーザ等の発光体により光信号の授受を行うものや、LC回路、アンテナ及び電波送信回路により無線電磁波で信号入出力を行うものが開示されるとともに、第7図において、情報カードをカードリーダに挿入するが、情報信号の入出力は、カードの電極端子と外部電極端子との接触ではなく光や無線電磁波により行うものが開示されていると認められる。
そうすると、引用例発明1には、情報の入出力に関して、本願発明と同様に、カードを外部機器であるカードリーダに挿入して、そのインタフェースである電極端子と外部電極端子を接触させて信号の入出力を行うものと、カードを外部機器に挿入せず、そのインタフェースであるLC回路、アンテナ及び電波送信回路により信号の入出力を行うものが示されていることが明らかであり、その相違は(相違点<1>を除けば)、審決が認定する(審決書4頁20行~5頁6行)ように、引用例発明1のICカードに、上記の構成の一方だけが設けられており、両者の構成が併設されていない点(相違点<2>)だけということができる。
原告は、本願発明の構成要件における「接触」及び「非接触」とは、複合ICカードと外部機器との「接触・非接触」のことであり、接触の場合の外部機器は通常カードリーダであるから、端的にいえば「カードリーダにカードを挿入する・しない」を意味するのに対し、引用例発明1では、この点が明らかでなく、引用例1の第7図が示すように、ICカードと外部機器であるカードリーダが接触している場合でも、インタフェースが接触しているとは限らないから、本願発明の「接触・非接触」は、引用例発明1のそれと相違すると主張する。
たしかに、本願発明の構成は、前示要旨のとおり、外部機器との接触・非接触により区別されるものであり、外部機器がカードリーダである実施例の場合には、カードを挿入する・しないという使用方法により区別することができる。しかし、引用例1では、本願発明のように「接触・非接触」の概念を明確に区別し、これに基づいて発明の構成を分類しているわけではないから、本願発明との対比においては、本願発明の接触型・非接触型のそれぞれの構成が具体的に開示されているか否かが問題となるところ、引用例1には、前示のとおり、本願発明と同様に、カードリーダである外部機器と接触する際にインタフェースどうしも接触する接触型の構成のものと、外部機器と非接触でインタフェースどうしも非接触のままの非接触型の構成のものが、具体的に開示されているものと認められる。なお、引用例1の第7図の実施例では、前示のとおり、ICカードと外部機器であるカードリーダとは接触するが、電気的接点機構を介さず非接触のインタフェース間で信号の出入力を行っているものが示されているが、これは、「外部機器と接触して応答する際に」電気的接点機構を設けていないから、前示本願発明の要旨の構成に含まれるものではないことが明らかである。
そして、審決は、外部機器と接触して情報の入出力を行う際にインタフェースどうしも接触する構成のものと、外部機器と非接触で情報の入出力を行う際にインタフェースどうしも非接触である構成のものが、引用例1に具体的に開示されているとして本願発明と対比したものであり、引用例1に本願発明の要旨に基づかない構成のものが含まれているからといって、それが引用例発明1との相違点となるものでないことはいうまでもない。原告の上記主張は失当といわなければならない。
したがって、審決の一致点及び相違点の認定(審決書4頁5行~5頁6行)に誤りはなく、相違点の看過はないことが明らかである。
2 取消事由2(相違点<2>の判断の誤り)について
本願発明及び引用例発明1~3の技術分野において、「接点機構を有するICカードと接触して信号の送受を行う外部機器、及び非接触方式でアンテナ機構を有するICカードと非接触で信号の送受を行う外部機器はそれぞれ周知」(審決書5頁18行~6頁2行)であることは、当事者間に争いがない。
また、リモコン装置に関する発明を記載した引用例2(甲第6号証)に、「リモコン装置側の『送信器(1)』は、機器側の受信器と光学的に結合するための『LED(9)』と機器側の『受信器(2)』と有線で結合するための『ジャック(3)』とを併設することが記載されている」(審決書3頁13~17行)こと、遠隔操作装置に関する発明を記載した引用例3(甲第7号証)に、「『送信ボックス(15)』に、電灯線を介して信号をおくるための『コネクタ(8)』と、赤外線により信号をおくるための『送信素子(5)』とを併設することが記載されている」(審決書3頁19行~4頁3行)ことは、いずれも当事者間に争いがない。
そうすると、引用例発明2では、遠隔操作装置側から相対する外部機器側への信号の送信のため、光学的な結合と有線による結合の2手段が送信器に併設されているものと認められ、引用例発明3では、同じく、遠隔操作装置側から外部機器側への信号の送信のため、電灯線を介して信号をおくるためのコネクタと赤外線により信号をおくるための送信素子の2手段が送信ボックスに併設されているものと認められるから、これらのことによれば、信号伝送に関する技術分野において、「接触方式で信号を外部機器に送出する機構と、非接触で信号を外部機器に送出する機構を1つの送信装置に併設する」(審決書6頁16~18行)ことは、周知な技術事項であると認められる。そして、当業者が、このような信号伝送の分野における周知技術を引用例発明1の情報カードに適用することにつき、格別の困難性があるものとは認められない。
原告は、引用例発明2及び3のリモコン装置では、制御信号を一方的に送信するから、双方向通信が可能な本願発明とは異なると主張する。
しかし、本願発明と同様の、電気的接点機構とアンテナ機構による双方向通信が可能な情報カードの構成は、前示のとおり、引用例発明1において示されており、審決は、この接触方式で信号を外部機器に送出する電気的接点機構と非接触で信号を外部機器に送出するアンテナ機構の併設という技術的思想が、引用例発明2及び3に開示されていることを示したものであって、引用例発明2及び3の具体的通信方式を引用例発明1に適用しようとするものではないから、原告の上記主張は失当である。
また、原告は、引用例発明2及び3は、本願発明のように外部機器と接触して交信するものではないし、本願発明の外部機器は、ICカードのカードリーダであるのに対し、引用例発明2及び3の外部機器は、外部にある中継コード、コネクタ等の部品を含むあらゆる機器であるから、両者の指示するところは異なると主張する。
しかし、前示のとおり、審決が、引用例発明2及び3から導いて引用例発明1に適用しようとするのは、信号の出入力を外部機器と接触して行うという具体的態様ではなく、「電気接点機構とアンテナ機構の併設」という技術的思想である。また、原告の主張するように、外部機器の具体的に指示するところが本願発明と引用例発明2及び3とで異なっているとしても、送信機器と相対する関係にある外部機器に接触方式で信号を送出する機構と非接触で信号を送出する機構を送信機器に併設するという技術的思想が、引用例発明2及び3に開示されていることは前示のとおりであるから、外部機器の具体的な相違が格別問題となるものではない。この点に関する原告の上記主張もまた失当である。
したがって、審決が、「接触方式で信号を外部機器に送出する機構と、非接触で信号を外部機器に送出する機構を1つの送信装置に併設することは引用例2及び3に記載されて周知な事項である。これらの事項を考慮すると、引用例1に記載された発明において、一つの外部機器に接触して信号を送出する接点機構と他の外部機器に非接触で信号を送出するアンテナを同一のICカードに併設することは、当業者が容易に考えられることであり、この相違点が格別の発明力を要するとは認められない。」(審決書6頁16行~7頁6行)と判断したことに、誤りはないというべきである。
3 以上のとおり、原告の取消事由の主張はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成6年審判第15612号
審決
東京都中央区日本橋中洲1番1号
請求人 株式会社 エイアイテクノロジー
東京都港区新橋3丁目3番14号 田村町ビルディング4階 丹羽国際特許事務所
代理人弁理士 丹羽宏之
東京都港区新橋3-3-14 田村町ビルディング 丹羽国際特許事務所
代理人弁理士 野口忠夫
昭和59年特許願第34428号「複合ICカード」拒絶査定に対する審判事件(平成4年3月25日出願公告、特公平4-16831)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
(手続の経緯・本願発明の要旨)
本願は、昭和59年2月27日の出願であって、その発明の要旨は、補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「メモリやCPUの機能を有し、外部機器からの入力に応答してこの入力と異なる新たな信号を発生するICを備えるとともに、一つの外部機器と接触して応答する際に前記ICと前記一つの外部機器とのインタフェースとなる電気的接点機構と、他の外部機器と非接触で応答する際に前記ICと前記他の外部機器とのインタフェースとなるアンテナ機構とを併設したことを特徴とする複合ICカード。」
(引用例)
当審で通知した拒絶の理由に引用した特開昭58-200333号公報(以下、「引用例1」という。)には、マイクロプロセッサとメモリ等のIC及びその他の回路素子を実装した「回路ブロック(2)」を「モールド材(1)」でモールドしてカード化した情報カードに、外部に露出した「外部電極端子(3)」を設け、この情報カードをカードリーダ端末機に挿入して、カードリーダ端末機の電極端子と「外部電極端子(3)」を接触させて、情報の入出力を行うこと、及びこの「外部電極端子(3)」の代わりに「光センサ(6)」、「発光体(7)」を設けて光信号で信号入出力を行うこと、この光信号の代わりにLC回路、アンテナ、電波送信回路を設けて無線電磁波で信号入出力を行うことが記載されている。
同じく、特開昭58-222694号公報(以下、「引用例2」という。)には、リモコン装置側の「送信器(1)」は、機器側の受信器と光学的に結合するための「LED(9)」と機器側の「受信器(2)」と有線で結合するための「ジャック(3)」とを併設することが記載されている。
同じく、特開昭58-206925号公報(以下、「引用例3」という。)には、「送信ボックス(15)」に、電灯線を介して信号をおくるための「コネクタ(8)」と、赤外線により信号をおくるための「送信素子(5)」とを併設することが記載されている。
本願発明と引用例1に記載された発明とを比較すると、引用例1に記載された発明の「マイクロプロセッサ」及び「情報カード」、「カードリーダ端末機」、「外部電極端子」は、それぞれ本願発明の「CPU」及び「ICカード」、「外部機器」、「電気的接点機構」に対応し、また、引例1に記載された発明の「LC回路」及び「アンテナ」、「電波送信回路」からなる回路は、本願発明の「アンテナ機構」に対応するから、両者は、メモリやCPUの機能を有するICを備えるとともに、ICと外部機器とのインターフェースとなる機構を設けた点で一致し、次の点で相違する。
<1>本願発明では、ICが外部機器からの入力に応答してこの入力とは異なる新たな信号を発生するのに対して、引用例1に記載された発明ではその点については明記されていない点。
<2>本願発明では、ICと一つの外部機器とのインターフェースとなる電気接点機構と、ICと他の外部機器とのインターフェースとなるアンテナ機構とを併設しているのに対し、引用例1に記載された発明では、ICと外部機器とのインターフェースとなる接点機構とアンテナ機構のいずれか一方を設けた点で相違する。
上記相違点<1>について検討すると、ICが外部機器からの入力に応答してこの入力とは異なる新たな信号を発生することは、当該技術分野で周知な事項である(例えば、特公昭53-6491号公報、特開昭51-12799号公報参照)ので、引用例1に記載された発明においてICに外部機器からの入力に応答してこの入力とは異なる新たな信号を発生させることは当業者が容易に考えられることであり、この相違点に格別の発明力を要するとは認められない。
次に、上記相違点<2>について検討する。
当該技術分野において、接点機構を有するICカードと接触して信号の送受を行う外部機器、及び非接触方式でアンテナ機構を有するICカードと非接触で信号の送受を行う外部機器はそれぞれ周知であり(例えば、実開昭55-52699号公報、特開昭51-12799号公報参照)、接点機構を有するICカードと接触して信号の送受を行う外部機器は本願発明の一つの外部機器に対応し、アンテナ機構を有するICカードと非接触で信号の送受を行う外部機器は本願発明の他の外部機器に対応する。
引用例2に記載された発明の「送信器(1)」及び「ジャック(3)」、「LED(9)」はそれぞれ本願発明の「ICカード」及び「接点機構」、「アンテナ機構」に対応し、引用例3に記載された発明の「送信ボックス(15)」及び「コネクタ(8)」、「送信素子(5)」は本願発明の「ICカード」及び「接点機構」、「アンテナ機構」に対応するから、接触方式で信号を外部機器に送出する機構と、非接触で信号を外部機器に送出する機構を1つの送信装置に併設することは引用例2及び3に記載されて周知な事項である。
これらの事項を考慮すると、引用例1に記載された発明において、一つの外部機器に接触して信号を送出する接点機構と他の外部機器に非接触で信号を送出するアンテナを同一のICカードに併設することは、当業者が容易に考えられることであり、この相違点が格別の発明力を要するとは認められない。
以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1~3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成7年7月14日
審判長 特許庁審判官 (略)
(略)
(略)